3歳までに“土台を固める”、それ以外は“介入を足さない”

料理と子育てって、ぜんぜん別物に見えるけど、私の中では同じところに着地します。
それは、引き算。
ここで言う引き算は、手抜きとか効率重視のことじゃないです。
素材を活かすために、余計な介入・干渉を減らすという意味。
料理なら、素材をいじりすぎない。調味料も素朴で本物だけを使います。添加物は不使用。
そして発酵の力を借ります。
子育てなら、子どもの力を信じます。過干渉しない。そして親は共感力を高める。
環境さえ整えれば、子どもは自分で育つのですね。
……と書くと、なんか悟った人みたいだけど、私は待てないし、すぐぶち切れ怒号シーンも多々あるという鬼ママ。
毎日反省ですわ。
それでも、我が家の方針として大事にしていることがあります。
それが、
「土台を固める。介入は足さない。」
3歳までの子育て:自然遊び・多世代・食育を“足してよかった”のは大正解だった
私は「3歳までの関わりが、その子の土台を作る」と信じて、そこは全力で向き合いました。
具体的には、これ。
・自然あそびができる環境に、長く身を置く
・いろんな大人に会わせる(家族以外の価値観に触れる)
・食育(食べる喜び、命への感謝。素材を食べる。添加物を避ける。一緒に野菜や米を育てる、など)
・子どもが興味を示したことを、なるべく逃さない
本をたくさん読んだり、尊敬する先輩ママの話を聞いたり、気になる子育て支援機関に足を運んだり。子育ての情報につながるものは、貪欲に取りにいきました。
今振り返っても、これらの行動は大正解だったと思っています。
なぜならそれは、子どもを操作するための足し算じゃなくて、育つ“土台”を置く足し算だったから。
料理で言うなら、良い材料を用意して、良い火加減と塩加減を気にする、みたいな感覚です。

環境過干渉を減らす:それ以外は、あえて“介入を足さない”と決めた
土台を足す。ここまではいい。
でも土台ができてから、私が意識的に引いたものがあります。
それは、親の「介入」。
早期教育を詰めるとか、先回りして危険を取り除くとか、
親が正解を教え続けるとか、失敗しないように管理するとか。
こういう「足す世話」って、やり方次第では、素材(子ども)を潰す行為にもなると思うのです。
素材の味を消してまう濃い調味料みたいに。
洗いすぎて米のうまみが抜ける感じにも似てます。
我が家にはミッションステートメントがあるのですが、それを叶えるための行動原則はこの2つです。
「家族それぞれが、自分で考えて、自分で行動する」
「家族がやりたいことを、応援する」
それに従って、親がやることはシンプルに下記の2つだけ。
・共感力を高める(気持ちを受け取る)
・環境を整える(育つ土台をつくる)

そして、できるだけ“先回りでの口出し”は足さない。
ここからが私の「観察メモ」
これを意識しているので、「大人が言う前に、自分で考えて動く」場面が多いです。
長女なんかは、小6ですけど、私より賢いです。もう、ひとりで暮らせるのではないかな。
すごい成果の話じゃなくて、生活の中の小さな出来事を積んでいく。
そして、その小さな出来事の積み重ねこそが、本人たちの自信になり、生きる力となり。
学校内外での表彰だったり、試験合格、受験合格だったり、がんばった分が結果としてかえってくるので、自分の得意分野で活躍できること、あらゆるターンで進路の選択肢が増えることは、とても嬉しいですよね。

発酵の力:ぬか床は「見守り」のかたまり
引き算の料理で、私がいちばん好きなのがぬか漬けです。
最初の最初は、ぬかの他に、昆布やしいたけやいりこや、入れたいものを入れる。
野菜くずを取り替えて、毎日かき混ぜる。
水分が落ち着いてきた頃に、完成。
あとは基本、何も足さない。
この工程、まさに子育て笑
野菜そのものの水分や栄養素が、ぬか床の菌ちゃんと混ざり合って、勝手に個性的な味になっていく。
日持ちもするし、おいしいし、栄養価も高い。超優秀ちゃん。
ぬか床って、放置じゃない。
ちゃんと見てる。混ぜる。整える。
でも、余計なことはしない。
子育てもつまりこれだと思うんですよね。
環境をつくったら、あとは見守る。整える。
でも「やらせる」「操作する」はしないのです。

おむすび:引き算の完成形(素材と塩と海苔)
引き算の料理でもう一つ外せないもの。おむすび。
精米は、しすぎない。
お米は洗うけど、洗い過ぎない。
水の分量さえ間違えなければ、ガス釜で炊いたらごはんは100%とってもおいしくなってくれる。
本物のお塩と海苔で、はい、もう完璧です。
体のベースをつくる、毎日のご飯。
お手てで、ほかほかを、ひとつずつ、握る。
毎日の愛情表現に、実に最適な料理だと思うのです。
子育ても同じで、あれこれ足すより、土台(環境・食・安心)を整えたら、あとは本人が育つ力を出してきます。

引き算してよかったこと:親の先回りを減らす(失敗させるのは難しい)
ここが一番難しい。子どもじゃなくて、親の修行。
つい、怪我しないように先回りして止めたくなります。
友達ともめていると、細かく注意したくなります。
失敗しそうだと、代わりにやってしまいたくなります。
でも、失敗をたくさんさせたい。素材を活かしたい。
だから私が“引き算してよかった”と思うのは、この3つです。
・怪我をゼロにしようとしない
命に関わる危険は止めますが、でも、それ以外なら一回黙ります。
小さな擦り傷は、成長の一部だとこらえる。
(引いてみたら)子どもが自分で「危ないからやめとく」と判断する瞬間が増えました。
・友達トラブルに入りすぎない
言い方や態度を細かく直すより、まず共感です。
聞くことは、「あなたは、どう思っている?これからどうしたい?」って。
(引いてみたら)自分で言い直したり、謝ったり、提案したりする場面が出てきました。

・失敗の後始末を恐れて止めない
これが一番きつい。
子どもに失敗させるって、今の社会では本当に難しいですよね。
忙し過ぎて、窮屈すぎて、余白が少ない。安全も、効率も、周りの目もある。
失敗が許されない世の中だからこそ、お家の中で失敗をやる価値があるってもんですが、
(あとで掃除がおにくそ大変だよな……でも、しゃーないな。)
親に必要なのは、正しさよりも、忍耐力と諦める力かもしれない。
引いてみたら、自分のことは自分で世話するようになり。
片付けに参加したり、家事を分担するルールを考えてみたり「自分はこうする」という言動が増えました。
そういう私は、この原則を全然完璧にできていません。
待てないし、誘導しちゃうし、評価しちゃうし、声を荒らげる日もあり。毎日反省です。
でも、戻る場所は決めています。
土台は足す。でも介入は足さない。
ぬか床みたいに、混ぜて、整えて、また信じる。


引き算は、案外やさしい
料理も子育ても、「〇〇しないとうんたらかんたら」「◯◯にしたいなら、これをすべき」みたいな脅しや煽り文句が多い世間で、引き算って聞いたら、案外やさしいもんですよね。
もしも保育園行きたくないとか、学校行きたくないとか、我が子に言われたら、「逆に聞くけど、なんで行きたくないのに行かなきゃいけないって思ってるの?」っていう返しをする両親です。
ウチの子、学校に行けなくて困ってる、偏食すぎて困ってる、そのような声を聞くことがありますが、
このことについては、改めて掘り下げて、別途書いてみたいと思っています。
あの悩みもその悩みも、「3歳までの土台づくり」が肝で、その後は時間がすすむほどにイージーになるんですね〜。
もちろん、もうその時期過ぎちゃったよーっていうお家も、時間はその分かかるけれど、全然取り返せる!とも
思っています。
ということで、今日も私は、家族のぬか床係でいたい。
混ぜて、整えて、ちょっとだけ黙る練習中です。
